2013年01月13日

日本のポピュラー史を語る −時代を映した51人の証言−

1月12日(土)

すごく大きく出た表題の本を読了。シンコーから1991年に刊行の古本100円でした。1989年6月から1990年5月に、共同通信から配信されたものをまとめた内容なので、その当時までに活躍した人が対象となっているため、今の若い人が読んでも、あまりピンと来ない(死語系だ)でしょう。

日本のポピュラー史.jpg

その中で、興味をひいた話を勝手にご紹介。湯川れい子さんのインタビューの中「私はお金が無くて、レコードを借りてアセテート盤に切ってもらって帰って聴いていた生活してましたから・・・」とあった。いつ?どこから?とは明記されていないが、前後の文脈から1950年代の終わり頃、スイングジャーナル編集部からではないかと推測される。

当時はまだテープレコーダーが普及する前だったので、レコード等をコピーする方法としては、アセテートを切るぐらいしかなかったのでしょう。なにしろ音源そのものの入手も難しかった時代です。

盤を切るカッテイングマシンと言えば、レコード会社で使用しているノイマンだの(一千万円級)を想像してしまいますが、当時はアセテート用の小型(卓上)カッティングマシンがあったようです。

しかし、当時の生アセテート盤は幾らぐらいだったのでしょうか?最近では2,500円程度で手に入るようですが、その頃も安かったとは思えません。彼女のためにコピーして無料でくれたんでしょうね。

ビートルズが1966年7月に来日した際に、8月に発売されるリボルバーのアセテート盤を持参して、ホテルの部屋で聞いていたそうなので、その当時でも、まだテープレコーダーは、そう一般的ではなかったのでは・・・。

と、偉そうに書きましたが、思い起こすと1960年代の終わりごろには、我が家にもコロンビアのカセットテープレコーダーがやってきたし、学校にはオープンのテレコがあったので、ビートルズのアセテート盤の話は違う理由の可能性が高いかも。

締まらない駄文でスミマセン。


posted by チェリー at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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